〜ひとり暮らしアラサー女子のブログ〜

日々の奮闘記。自己啓発や健康を主にいろんなこと書きます。

ニュートリライト





ここ最近、好きになったブランドがあります。




それはニュートリライト。




ニュートリライトは、サプリメントなどのビタミンおよび栄養補給食品において売上高世界No.1のブランドです。




自社の認証された有機農場で原料を栽培し、収穫してから加工するまでを一貫して行っています。




つまり最大の特徴は、原材料を調達する際に、トレーサビリティに重点を置いていること。




昨日の記事で、トレーサビリティと認証制度についてお話ししましたね。




ニュートリライトは、このトレーサビリティを植物に取り入れていて、サプリメント業界では最先端の世界基準なのです。




全ての栽培する植物が、種の出生地を記録した出生証明書を持っています。




だから収穫されて製品になった後も、種までさかのぼって追跡が可能です。




ニュートリライトは、安心安全な製品を責任を持って作っているのです。




このニュートリライトを好きになったきっかけは、




創立者のカール・レンボーグについての話を聞いたときでした。




この人物がサプリメントという概念を開発したのだそうです。




カール・レンボーグが1920年初頭、乳製品メーカーの営業担当として、中国に赴任していた頃から始まりました。




レンボーグはこの国の哲学や薬学に興味を持ち始めるとともに、中国人の食生活やライフスタイルにも興味を持ちました。




肉や白米を主食にしている富裕層には かっけなどの病気にかかる人が多いが、



主に新鮮な野菜や玄米を食べている農民には病気が少ない。



彼は、こう思いました。




「食べ物の中に人間の身体に必要なものが十分含まれていないと人間は病気になる。



だから食生活で足りないものを補給できれば問題は解決するはずだ。」




1927年の南京事件で、収容所生活を余儀なくされた彼と彼の同僚は、食料不足による栄養失調に陥ってしまいました。




彼は、木の葉や雑草、すりつぶした動物の骨、さらに錆びた鉄釘を茹でて、



スープやお粥を作り、同僚らにふるまいました。



味はもちろんひどいものだったが、スープを飲んだ人は過酷な状況下でも体力を回復、



彼は自らの概念に自信を深めました。




貨物船で中国を脱出した彼は、米国に戻って即座に栄養素の研究を開始。




いくつもの無理解、妨害を乗り越え、1934年、



ついに北米で初めて、栄養補助食品の開発に成功しました。




というのが創立者のカール・レンボーグについての物語でした。




初めて聞いた感想としては、ただすごいなと思うばかりでしたね。




1934年ですからもう80年以上前の話です。



80年以上前からサプリメントが発売されていたんです。




そして、トレーサビリティを取り入れるほどの製品に対する責任感。




カール・レンボーグの信念にすごく心打たれました。




私も品質に責任を持って仕事をしています。




だからこそ、ニュートリライトのこだわりには、ビビッと来るものがありました。




最後にニュートリライトについて、わかりやすく説明している動画をいくつか挙げてみたので、見てみてくださいね。




ここまで読んでくださってありがとうございました!






ニュートリライト誕生のきっかけは?




ニュートリライトのものづくりのこだわりは?




ニュートリライトは他社とどこが違うの?




【ニュートリライトの品質管理】厳しいトレーサビリティの基準を満たした世界の認定農場